カレイの宝庫だった博多湾悲話

カレイの投げ釣りはかって博多湾の冬の風物詩でもあったんです。

 

 

投げ釣りと言ってもほとんどの場合がちょい投げあるいは仕掛けにアオムシをつけて埠頭の際から落とすだけというようなかなりいい加減な釣り方でした。^^;

 

 

それでも最盛期にはなんと5〜6本の置き竿で、朝の6時から9時までのたった3時間で100枚近いカレイを釣る釣り人も珍しくなかったのです。

 

 

当時の一番のカレイポイントは今は立ち入り禁止になっている箱崎埠頭のここです。

先端からふもとまでカレイ釣りの常連さんでいつも賑わっていました。

 

 

その次によく釣れたのがこちらの須崎埠頭の今は立ち入り禁止になっているところ。

ここもカレイ以外にアイナメやハゼやセイゴが良く釣れていました。

 

 

忘れもしないのが阪神大震災の日に、私はこの須崎の東側の30番ピットの前のちょい投げ釣りで41センチのマコガレイを釣ったんです。

 

 

今なお如実に覚えているのが、大物のカレイを釣って喜んで帰宅すると、妻から「大阪などで大地震が起きて、とんでもないことになっているようよ〜!」と知らされ、親族や友人に電話をした記憶があるのです。

 

 

このような話をすると、たいていの方が大ぼら吹きめ!!と思われるでしょうが、大げさでもなんでもなく、カレイが50枚釣れたなどというのは、サビキ釣りでアジゴを100匹釣ったぐらいのどうでも良いようなありふれた釣果だったのです。

 

 

アイナメ同様にカレイなど10月後半からGWごろまでの花見ガレイのシーズンまで、行けば必ず釣れる存在だったんです。

 

 

花見ガレイのシーズンは、姪浜の漁港の中だとか須崎埠頭の際のべた底にエサを落とし込む釣り方でも30センチオーバーのカレイが結構釣れていたんです。

 

 

30センチオーバーの肉厚の花見ガレイをチヌ用の落とし込み竿で釣るのは格別の釣趣がありました。

 

 

花見ガレイは引きも強く、イトが斜めに走るのですぐにカレイと分かるんです。

 

 

その頃週刊釣りニュースや釣り雑誌などに「関門の投げ釣りのカレイ」のことが良く書かれていましたが、数も型も関門などよりも圧倒的に博多湾のほうが釣れていたので、そんなカレイの記事など読んでもあくびが出るほどつまらなく感じたものでした。^^;

 

 

冗談抜きで、博多湾ではカレイはそれほど簡単に釣れていたのです。

 

 

ところがアイナメが少なくなった時期とカレイが少なくなった時期は、ほぼ同じぐらいの年で、東区の人工島の埋め立てが始まった頃からアイナメもカレイも激減し始めたのです。

 

 

正直私は、人工島の埋め立てを恨みました。

 

 

隣接する和白干潟を含め、人工島のところにあるアマモがたくさん生えている海域が、カレイの産卵場所であり、多くの魚の産卵場所であり、ゆりかごだとも聞いていたからです。

 

 

釣り人の立場からだけではなく、一度破壊した自然環境は二度と取り戻すことはできません。

 

 

それに追い打ちをかけるような「信じられない悲しい事実」を目撃したんです。

 

 

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博多湾のカレイの悲劇

 

 

人工島の埋め立てが始まったころは、基本的にメイタ〜チヌに憑りつかれたように夏場はあさひ丸で博多沖防の赤灯台に通っていました。^^;

 

 


夏場だったと記憶していますが、満潮から下げに入った時に、防波堤の一面に延々と4〜5センチのカレイが打ち上げられていたんです。

 

 

その数はおそらく数万匹、いや数十万匹かもしれませんでした。

 

 

メイタ〜チヌ釣りどころではありませんでした。

 

 

辺り一面、延々とピチピチ・・・と打ち上げられているカレイの稚魚を見ながら、私は竿を立てかけて、生きているカレイの稚魚を海に戻しましたが、全くラチがあかないほどのとんでもない数が延々と防波堤に打ち上げられていたんです。

 

 

延々と・・・です

 

 

しかも、潮はどんどん引いていくし、ピーカンの天気でカレイの稚魚のほとんどが日干しになることは明らかだったんです。

 

 

「なんで、こげな所におるとや〜!!」とため息をついて呆然としていました。

 

 

その年の冬から案の定、カレイはほとんど釣れなくなりました。(涙)

 

 

そうしているうちに改正ソーラス条約のせいか、箱崎埠頭のカレイポイントも、須崎埠頭のカレイポイントにも柵が立てられ立ち入り禁止になってしまいました。

 

 

憎むべきはテロリスト

 

 

改正ソーラス条約が発効されたのは、ニューヨークの世界貿易センタービルに飛行機が突っ込んだ9.11事件が発端です。

 

 

私はあの時、社内旅行で台湾にいました。

 

 

ビルに突っ込む飛行機の映像が台湾のテレビで放映されており、アクション映画の1シーンだとばかり思っていました。^^;

 

 

ところが、しばらくして台北空港で足止めを食らい、ことの真実と重大さを知ったんです。

 

 

あの忌まわしい9.11事件が発端でソーラス条約に批准している世界各国の外国船舶が帰港する埠頭の多くが立ち入り禁止になったんです。

 

 

博多湾の各埠頭も例外ではありませんでした。

 

 

立ち入り禁止となった柵の付近に立って見張りをしているガードマンの方に文句を言うのはお門違いなことは分かってもいました。

 

 

立ち入り禁止になって、憎むべきはテロリストなんです。

 

 

どのような主義・主張があるのかも知りたくもありませんが、無差別殺人を犯すそいつらのおかげで博多湾の各埠頭の一級ポイントに釣り人が入れなくなくなったのです。

 

 

そのおかげで、釣りを辞めた方も結構いるんです。

 

 

埠頭の左右の先端部分と言えば、一番潮通しがよく誰もが狙うポイントでしたから。

 

 

人工島の埋め立てと改正ソーラス条約のおかげで、博多湾のカレイとアイナメは幻の存在となった様にも思えたんです。

 

 

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カレイの激減は博多湾だけではなかった!

 

 

ソーラス条約はともかく、博多湾からカレイやアイナメが激減したのは紛れもなく人工島の埋め立てによるものばかりであると思っていたら、どうやらそうでもないことが近年分かってきました。

 

 

玄界灘に面している各防波堤やサーフなどでもカレイやアイナメが激減していたんです。

 

 

地球温暖化による海水温の上昇のせいなのかどうかも詳しいことは分かりかねますが、西日本一帯でカレイやアイナメは激減していることを知りました。

 

 

博多湾だけではなかったんです。

 

 

関門などでもカレイやアイナメが激減しているようなんです。

 

 

博多湾内の冬場の主役がいなくなったような状況です。

 

 

カレイは狙って釣れる魚ではなくなった!

 

 

今現在の博多湾の湾奥では、カレイは投げ釣りで簡単に釣れる魚ではなくなりました。

 

 

 

たまに投げ釣りや際の脈釣りに釣れる程度の珍しい魚となりました。

 

 

カレイの宝庫だった博多湾なのですが、今となってはまさに今昔物語です。

 

 

昔を美化するつもりも毛頭ないのですが、たったの20年ぐらいでこうも釣り場環境が変わることに驚かされるのです。

 

 

 

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